天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

2020-05-01から1ヶ月間の記事一覧

友を詠む(1/7)

とも(友、共、伴、朋、侶)は、つれ、仲間のこと。語源は、朝鮮語「とんも」、中国語「とん(同)「とむ(党)」などとする説あり。 友を詠んだ作品には、心に沁みるものが多い。 さ夜中に友呼ぶ千鳥もの思ふとわびをる時に鳴きつつもとな 万葉集・大神女郎…

こころざし(3/3)

霧ふかく真木立つ夜を壮年の奥ひとつなる意志の鳴りいづ 小中英之 春過ぎてなお冷ゆる夜や時あらばわれに来よ一つの意志とよばむもの 井上美地 たたかふとは銃を取るとは限らざり不義、貧、腐敗に真向かはむ意志 大津留温 「意志」といふ語をきらきらと輝か…

こころざし(2/3)

志くずれゆくごと見られつつひと庭しろき鷺草も散る 馬場あき子*鷺草の唇弁は大きく、その開いた様子が白鷺が翼を広げた様に似ていることが和名の由来である。その美しい花が散る様子をみると、「志くずれゆく」ように感じられるのだ。 こころざしいまだ朽…

こころざし(1/3)

「こころざし」という言葉の響きにロマンと心の余裕を感じる。こころざし(志)とは、➀心に思い決めた目的や目標、➁相手のためを思う気持、➂謝意や好意などを表すために贈る金品 などを意味する。類似の言葉に、意志、素志などがある。 こころざし深くそめて…

自動車ロボット

日頃よく散歩にゆく近所の俣野別邸庭園については、2017年4月20日にご紹介して以来、何度か触れてきたが、今回は初めて目にした光景であった。本邸のある上方の芝生の庭の一隅に、「俣三郎のお家」と書かれた小さな車庫があり、いつもおもちゃの自動車が納ま…

祖父母を詠む(3/3)

月に一度山の小屋より下り来る祖母を恐れき山姥のごと 永井保夫 この秋も祖母は芒の白髪を風に委(まか)せてあの丘の上 相沢光恵 祖母よりの便りひらけば坂下のポストへ向かふ杖の音聴こゆ 松本典子*祖母が送ってくれた手紙をひらく時に、その手紙を出しにゆ…

祖父母を詠む(2/3)

祖母が口くろくよごれて言ふきけば炭とり出でてうまからずとぞ 片山貞美 祖父また父さびしき検事近眼のこの少年の楽器を愛す 大野誠夫 くびらるる祖父がやさしく抱きくれしわが遥かなる巣鴨プリズン 佐伯裕子*作者の祖父は、陸軍大将・土肥原賢二でA級戦犯…

祖父母を詠む(1/3)

祖父母を詠むことは、現代になってから増えたようだ。古典和歌では例が少ない。短歌を詠める年ごろからすると、祖父母を詠む場合が一番時間が離れており、記憶に頼ることが多い。それが歌数の少ない理由ともなっていよう。 親の親と思はましかば訪ひてまし我…

孫を詠む(3/3)

我に勝ちえざる将棋をいつよりかやめたる孫のしつくりとせず 竹山 広 孫よわが幼きものよこの国の喉元は熱きものを忘れき 竹山 広 越えてきた六十余年を振り返り財はなけれど孫十一人 吉田秋陽 生まれたる孫抱きみれば色白し羅臼の海のクリオネに似て 秋葉雄…

孫を詠む(2/3)

初孫を抱いた時の感情は共通している。孫は一緒に遊んだり教えたりする対象であることも共通している。 鉄の匂ひ染みし両手に抱き上ぐる初孫といふこの脆きもの 中村重義 小さくて愛しき者よ初孫を抱きしむれば壊れそうなる 井関淳子 孫のため買ひしおもちや…

孫を詠む(1/3)

まご、うまご(むまご)は、子の子あるいは子孫 を意味する。孫を詠んだ短歌にはろくなものが無い、孫を詠むのは難しい、と言われる。確かに古典和歌以来、孫の歌は少ない。年が離れていたり、手塩にかけて育てることが少ない などが原因ともなっていよう。…

子を詠む(6/6)

すこやかに寝息をたててゐる吾子よ争ふときのやがて到るべし 山中律雄 一つ皿の魚を箸もてほぐし合ふ傍への吾娘も稼ぐ日近し 井田金次郎 父亡くて育ちし吾と母なくて生ひ立つ吾子といづれ寂しき 高橋誠一 抱かれて眠らんとする末の子が吾の胸毛の白さを言ひ…

子を詠む(5/6)

駈けてくる吾子抱きとめむこの胸は凪ぎつつ港とならねばならぬ 高尾文子 癇の虫封じ終りて戻る道ぴつたりと頬つけし背の子はぬくし 湯沢千代 あたたかき息して眠る吾子二人 月下に青梅ぎっしり実る 上田 明 子を死なしめしけだものに似る悲しみを押しこらへ…

子を詠む(4/6)

風化して傾きゐずや年を経しかの草かげの吾児の墓標よ 大西民子*作者は、23歳で結婚、男児を早死産し半年あまり病床にあった。 入浴を終えたる吾子が真裸にまろび逃げゆく春の夜具のうえ 橋本喜典 山坂を歌ひてくだる一群のなかにちひさくわが子が交(まじ)…

子を詠む(3/6)

叱りつつ出(いだ)しやりたる子の姿ちひさく見ゆる秋風の門(かど) 岡本かの子 大(おほい)なる声してよべば大(おほい)なる月いでにきと子のつぐるかな 茅野雅子 ほのぼのと目を細くして抱かれし子は去りしより幾夜か経たる 斎藤茂吉 そむかれむ日の悲びをうれ…

子を詠む(2/6)

世の中にさらぬ別れのなくもがな千世もとなげく人のこのため 古今集・在原業平*「 世の中に避けられない別れというものがなければよいのに、千年でも生きて欲しいと願う子のために。」 人の親の心はやみにあらねども子をおもふ道にまどひぬるかな 後撰集・…

子を詠む(1/6)

子・児・娘いずれも「こ」と読む。「愛子(まなご)」は最愛の子。「若子(わくご)」は幼い子にも若い男子にも使う。「吾子(あこ)」は上代ではアゴと濁った。(辞典による) 銀(しろがね)も金(くがね)も玉も何せむに勝(まさ)れる宝子に及(し)かめやも 万葉集・…

『蓬莱橋』にみる父、母の歌

5月21日初版発行ということで、伊東一如さん(青森県出身、「短歌人」所属)の出たばかりの歌集『蓬莱橋』(六花書林)を読んだ。このブログで、父、母を詠むシリーズの時期と重なったせいか、伊東さんが詠んだ多くの父母の作品に惹かれた。ここでは、そ…

母を詠む(12/12)

金木犀香り漂う前庭に窓開けはなち母を逝かしむ 田島定爾 戦死せし父の墓へと母葬り長き歳月埋めまゐらせむ 小久保みよ子 七夕に母よデートをしませんか二歳で別れたかなしみ聴きます 布施隆三郎 梅の咲く湖畔に母をいざなひぬわれはこの背に負はれたりしか …

母を詠む(11/12)

黒びかりせし鯨尺和箪笥の底に母ある如く眠らす 山田さくら*鯨尺: 江戸時代から、反物を測るのに用いられてきた和裁用の物差し。1尺は約38センチ。 車椅子に乗りたる母を抱き上げて散り来る桜の光を纏ふ 小野亜洲子 赤き赤き大きな梅干しひとつ載せ食済ま…

母を詠む(10/12)

花の色定かに見えぬと言う母の車椅子押す合歓の花まで 佐藤洋子 我を生みし母の骨片冷えをらむとほき一墓下(いちぼか)一壺中(いちこちゆう)にて 高野公彦 停まる度に駅の名を問ふ母の掌にくれなゐ薄き鱒鮨を載す 志野暁子*鱒鮨: 富山県の郷土料理で、駅弁…

母を詠む(9/12)

秋草の花咲く道に別れしがとぼとぼと母は帰りゆくなり 岡野弘彦 夕まぐれ涙は垂るる桜井の駅のわかれを母がうたへば 岡野弘彦 長夜の闇にまぎれ入らんとする母を引戻し引戻しわれはぼろぼろ 山本かね子 生きものを飼はなくなりて内外(うちそと)の清(す)みゆ…

母を詠む(8/12)

母を率(ゐ)て旅ゆく島にバスを待ついま母ひとり母の子ひとり 小野興二郎 蓑笠に甲(よろ)へる母のいでたちのまぶたを去らず雨の日ごろは 小野興二郎 野に唄ふことなくなりてわが許に住む母とみに老い給ひけり 高橋俊之 カラスなぜ鳴くやゆうぐれ裏庭に母が血…

母を詠む(7/12)

腰たたぬ故に畳をいざる母たたみ冷きを今日は言ふなり 田中子之吉 ぬばたまの黒羽蜻蛉(あきつ)は水の上母に見えねば告ぐることなし 斉藤 史 駆け落ちの母若くしてかくれたる部落は小さく峠の下にあり 土屋文明*幼少期の土屋文明の家庭環境は悲惨なものであ…

母を詠む(6/12)

秋草の花咲く道に別れしがとぼとぼと母は帰りゆくなり 岡野弘彦 石仏に似し母をすてて何なさむ道せまく繁る狐の剃刀 前登志夫*狐の剃刀: ヒガンバナ科の多年生草本球根植物。盆の頃に花茎を 数十センチほど伸ばし、枝分かれした先にいくつかの花を咲かせる…

母を詠む(5/12)

老いし眼が泪(なみだ)になりてゆく母の幼子(おさなご)のごとき面(おもて)にむかふ 五味保儀 撒き灰のなかより萌ゆるみちのくの韮をぞ思ふ母をぞ思ふ 山本友一 わが母が芯を丈夫に生みくれし母の子われはいまなほ死なず 小名木綱夫 山畑につまづきやすき母抱…

母を詠む(4/12)

母が腹いでたる今朝は知らねども母を亡くせし日の朝を憶(おも)ふ 尾山篤二郎 ははそはの母を焼きたる煙かも流るる水にうつる白雲 尾山篤二郎*ははそはの: 同音の反復で、「はは(母)」にかかる枕詞。 母に受けしことばを売りて一生すぎその母の如くただ世…

母を詠む(3/12)

死に近き母に添寝のしんしんと遠田(とほた)のかはず天(てん)に聞ゆる 斎藤茂吉 春ふかし山には山の花咲きぬ人うらわかき母とはなりて 前田夕暮 日は稍々(やや)にかたむきそめぬ遠木立烟(けぶ)れり母の脈たへし時 前田夕暮 われを恨み罵(ののし)りしはてに噤(…

母を詠む(2/12)

たらちめはかかれとてしもむば玉のわが黒髪をなでずやありけむ 後撰集・遍昭*「母は、まさかこのようなことになると思って、幼い私の黒髪を撫でたのではなかったろう。」 作者が頭を剃り下ろしたことを言っている。 露の身の消も果てなば夏草の母いかにして…

母を詠む(1/12)

母(はは)の語源は、「はし(愛)」の語根を重ねたという説あり。「たらちしの」「たらちねの」「たらちしや」などは母にかかる枕詞。また「たらちめ」「たらちめの」は「たらちね」から派生した語らしい。母を詠んだ作品は、古典和歌から現代短歌を通じて…