天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

2020-01-01から1ヶ月間の記事一覧

身体の部分を詠むー髪(9/13)

ひと月にひとたび髪を浄めつつ老婦老いゆくここの寮舎に 遠山光栄*上句は、月に一回髪を洗うということではなく、理髪店で散髪するということと理解したい。 帽子とり辞儀し互に髪の毛のすくなきを知り笑みて別るる 長谷川銀作*よく分る。 洗ひたる髪やは…

身体の部分を詠むー髪(8/13)

涙拭(ぬぐ)ひて逆襲し来る敵兵は髪長き広西学生軍なりき 渡辺直己*渡辺直己の代表作で有名。 吾がまなこ疑ひつつも一すぢの白きをぞ見る君が髪のなかに 川田 順*まだ若い奥さんの髪に、一本の白髪を見つけた時の驚きを詠んだ。少し大げさのようだが。 ひさ…

身体の部分を詠むー髪(7/13)

逆光の少女らの髪むらさきに目守(まも)りゐき兄妹相姦の鳩 塚本邦雄 いもうとよ髪あらふとき火あぶりのまへのジャンヌの黒きかなしみ 塚本邦雄 わが夏の髪に鋼(はがね)の香が立つと指からめつつ女(ひと)は言うなり 佐佐木幸綱 俺を去らばやがてゆくべしぬば…

身体の部分を詠むー髪(6/13)

母の齢(よわい)はるかに越えて結(ゆ)う髪や流離に向かう朝のごときか 馬場あき子 長く長き一本の髪抜けし朝ふるさとの魚を釣らんと思えり 馬場あき子 髪を切る女髪切る男ゐて春の速度のなかの花やぎ 馬場あき子 夢のなかといへども髪をふりみだし人を追ひゐ…

身体の部分を詠むー髪(5/13)

この額(ぬか)ややすらはぬ額 いとしみのことばはありし髪くらかりき 山中智恵子*額が気に食わない、人が可愛いと言ってくれた髪も暗い、と感じた。 わがゆめの髪むすぼほれほうほうといくさのはてに風売る老婆 山中智恵子*「むすぼほれ」とは、自然に結ん…

身体の部分を詠むー髪(4/13)

白髪の歌について。白髪を厭ったり婉曲に表現するために、頭の雪、元結の霜、白き筋などといろいろに比喩した。 降る雪の白髪(しらかみ)までに大王(おほきみ)に仕へ奉れば貴(たふと)くもあるか 万葉集・橘 諸兄 春の日の光にあたる我なれどかしらの雪となる…

身体の部分を詠むー髪(3/13)

朝に結び夕べとき寝む黒髪におのれすがしむ夏さりにけり 杉浦翠子*杉浦翠子(すいこ)は、北原白秋に入門、大正5年にはアララギに入会、斎藤茂吉に師事する。しかし激情的な翠子はアララギの編集兼発行人・島木赤彦らに疎まれ、翠子は大正12年にアララギを退…

身体の部分を詠むー髪(2/13)

『みだれ髪』は、周知のように与謝野晶子の処女歌集である。表紙の衣装は藤島武二による。発刊直後の明治34年、晶子は与謝野鉄幹と結婚し、以後与謝野姓を名乗った。 うら風は夕涼しくなりにけり海人(あま)の黒髪いまか干すらむ 香川景樹*香川景樹は、江戸…

身体の部分を詠むー髪(1/13)

髪はもちろん頭に生える毛のことだが、その語源は、「かみのけ(上の毛)(頭の毛)」にある。髪は人間の生命力の象徴である。黒髪から白髪になっていくことは、生命力の衰退を表している。古来、女性にとって黒髪は美しい生命そのものであった。出家する時…

身体の部分を詠むー耳(7/7)

ティーバッグのもめんの糸を引き上げてこそばゆくなるゆうぐれの耳 梅内美華子 *上句と下句との間には、読者には分らない因果関係があるのか。分かりようがない。 母を呼ぶ声聞かんとか最後まであたたかかりき耳のうしろが 山本かね子 さとき耳魚のもてるや…

身体の部分を詠むー耳(6/7)

わが胸に苦しき泉湧く音をひそかに測りゐる白き耳 岡野弘彦*医師が作者の胸に聴診器を当てている情景か。あるいは、恋人が作者の胸に耳を押し当てているようでもある。 目の前に耳の裏側ある車内ぶざまに張りだすわが耳おもう 武川忠一 われを呼ぶ風の声聴…

身体の部分を詠むー耳(5/7)

ゴッホの耳、否一まいの豚肉は酢に溺れつつあり誕生日 塚本邦雄*塚本は、文化人・芸術家の誕生日をよく詠っている。そこから想像すると、ゴッホの誕生日に、作者は酢につけた豚肉を食べようとしている。その時、一まいの豚肉がゴッホの耳に見えた、という。…

身体の部分を詠むー耳(4/7)

もの音は樹木の耳に蔵(しま)はれて月よみの谿をのぼるさかなよ 前登志夫*もの音の無い樹木の森を擬人化して、月光の差す谷川をのぼる魚に着目。 わが前に一切の花刈られゆくひびきかなしみ睡らざる耳 中城ふみ子*上句は暗喩。生きてゆく希望がすべて失われ…

身体の部分を詠むー耳(3/7)

すべもなく髪をさすればさらさらと響きて耳は冴えにけるかも 長塚 節 つややかに思想に向きて開ききるまだおさなくて燃え易き耳 岡井 隆*左翼思想に惹かれてゆく若い学生の姿が浮かんでくる。 ひがみみの耳の孤独のしろじろと秋の胡蝶となりてただよう 馬場…

身体の部分を詠むー耳(2/7)

耳順、空耳といった熟語があるが、口の熟語に比べるとはるかに少ない。 人の群うごける十字路さみしきにその厚き耳その薄き耳 葛原妙子*十字路を行き交う人々のそれぞれの耳に注目した。 桃色の二つの耳を飾りゐて春のうさぎ我をはにかませ居り 斎藤 史 わ…

身体の部分を詠むー耳(1/7)

耳は言うまでもなく音を聞き分ける聴覚と平衡感覚を司る器官。哺乳類と鳥類では、外耳・中耳・内耳の3部分からなる。 わが聞きし耳に好く似る葦のうれの足痛(ひ)くわが背勤(つと)めたぶべし 万葉集・石川女郎*大伴宿禰田主と石川女郎との間で交わされた数種…

身体の部分を詠むー眉(2/2)

眉の熟語は、眉宇・眉目/蛾眉(がび)・愁眉・焦眉・拝眉・白眉・柳眉、眉間(みけん)、眉毛・眉根、眉目(みめ) などと大変多い。 平安時代以後は貴族の婦人は眉毛を抜き,額に墨で太い眉を描いた。民間では貞潔のしるしに既婚婦人が眉をそり落とす風があった…

身体の部分を詠むー眉(1/2)

眉は、まぶたの上部,ほぼ眼窩上縁に沿って弓形に密集してはえる毛の集合を差す。「まよ」は「まゆ」の古形。 眉のごと雲居に見ゆる阿波の山懸けて漕ぐ舟泊り知らずも 万葉集・舟王*「眉のようにかかった雲の向こうに見える阿波の山々。そこに向かって漕い…

身体の部分を詠むー鼻

鼻は、周知のように動物の器官のひとつで、嗅覚をつかさどる感覚器であり、呼吸をするための呼吸器である。鼻孔は魚類以上の脊椎動物にすべて存在するが、その部分が鼻としてまとまっているのは哺乳類だけ(百科事典による)。 仏造る真朱(まそほ)足らずは水…

身体の部分を詠むー口

口は、動物の消化器系の開口部で、食物を取り入れる器官のこと。ただ言葉の上では比喩的に様々な場面で使われる。例えば、「甘口」、「序の口」、「切り口」「教員の口」等々。ただ以下では、身体の器官に限って詠んだ歌をとりあげる。 春の野に食(は)む駒の…

鼠のうた(3/3)

ねずみは哺乳綱ネズミ目(齧歯目)に属する動物で、1000~1800種もいるという。このうち、人家にあらわれ、被害をもたらすのは家ねずみと俗称されるグループで、「クマネズミ」「ドブネズミ」「ハツカネズミ」の3種らしい。 日かげ土かたく凍れる庭の上を鼠…

鼠のうた(2/3)

短歌に詠まれた鼠は、俳句と違っておおむね厄介ものとして捉えられている。斎藤茂吉の有名歌を典型として、殺害することに強い関心を抱いていた時代があったのである。 はし鷹の招(を)ぎ餌(ゑ)にせむと構へたる押しあゆかすな鼠取るべく 拾遺集・よみ人しら…

鼠のうた(1/3)

今年の干支は鼠なのに、松過ぎてから鼠のうたを取り上げるのは、恐縮至極。そこはご容赦頂きたい。鼠は、十二支の中で第一番目に当る。金運、鳳作、多産とめでたい動物として理化されている。これは、日常生活での扱いとはまるで違っている。従来、鼠は農作…

身体の部分を詠むー顔 (7/7)

死に顔は誰にも見られたくなし思ふにいつも列車に眠る 草田照子*眠っている顔なら見られてもよい、のだ。 つぶし来し苦虫の骸(から)つまるらむ鏡に映る顎のたるみに 安田純生*「苦虫をつぶしたような顔」という日常表現をもとにしている。 老顔をかかげて…

身体の部分を詠むー顔 (6/7)

こめかみに痙攣走り怒るとはかくも美し人間の顔 長谷川愛子*怒っている人の顔を美しいと感じるとは。どんな関係にある人なのだろうか。 学生を伴ひ歩みくる顔は若き日のわれが見知らざる顔 河野裕子 何といふ顔してわれを見るものか私はここよ吊り橋ぢやな…

身体の部分を詠むー顔 (5/7)

わが顔に月の光の差したれば流離の如き思ひに目覚む 黒田淑子*流離とは、故郷を離れてあちこちをさまよい歩くこと。月光の下に佇んでいた時に湧いた感情だろう。 さしのぞく深井の底に映れるはいづこより来し小さき顔ぞ 伊藤雅子 見るたびに顔のちひさくな…

身体の部分を詠むー顔 (4/7)

硝子戸に映りゐて悲し扁平のわが横顔は東洋の顔 青田伸夫 少女期の輪郭失せし顔ひとつこうこうと濃く紅をひきゆく 山埜井喜美枝 みづからの顔を幻に見ることもありて臥床(ふしど)に眠をぞ待つ 佐藤佐太郎 七十年生きて来しかばわが顔のさびて当然に愁ただよ…

身体の部分を詠むー顔 (3/7)

眼のあひだつまりてひたと人を見し亡き子のかほは今も切なし 五島美代子 顔と顔をぶつつけあつてぺしやんこに潰れたる夢の泥の中なり 前川佐美雄*この歌は、「短歌研究」(昭和29.1)の「鬼百首」内にある。酷評されたらしいが、自在な作法なので驚かされる…

身体の部分を詠むー顔 (2/7)

この牢の板の節目をものの顔にきめて慰む似ぬものもあれど 斎藤 瀏*斉藤瀏は、1936年、二・二六事件で反乱軍を援助して禁固5年の刑となり、入獄した。この時の経験を詠んだもの。 事もなく説明をする典獄の顔のかなしさよ絞首台を前に 矢代東村*矢代東村は…

身体の部分を詠むー顔 (1/7)

顔には、かんばせ、面(めん)、おもて、つら などの呼称がある。顔は人の容姿の美醜を象徴する部位として詠まれることが多い。特に古典和歌においては、乙女の顔は美しいものとして扱われる。自分の顔を詠む時には、おおむね苦悩や憂いを持つ部位として表現さ…