天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

師走、年の暮(2/2)

木の葉なき空しき枝に年暮れてまた芽ぐむべき春ぞ近づく 玉葉集・京極為兼 かづらきや雲を木(こ)高(だか)み雪しろし哀(あはれ)と思ふ年の暮かな 金槐集・源 実朝 *かづらき: 葛城。奈良県中西部、葛城山東麓一帯の呼称。 しづかなる心をもちてわびずみの師…

師走、年の暮(1/2)

師走の語源には、いくつかの説があるが、師匠である僧侶が、お経をあげるために東西を馳せる月という意味の「師馳す(しはす)」だというものが有力とされる。(平安末期の「色葉字類抄」の説明では民間語源とされる。)十二月は万葉集のころから「シハス」…

今年のわが作品から

令和二年も終りに近づいた。新型コロナ・ウィルスは衰える気配がない。今年のわが俳句短歌作品の中からいくつか挙げておきたい。 俳句十句(「古志」掲載) 松過ぎてカテーテルとるうれしさよ あらたまの木漏れ陽に聞くリスのこゑ 玄関をあけて驚く春の富士 …

虫のうた(5/5)

黄葉に間ある木の葉を蝕める虫をひそかに鳥がきて食む 筒井早苗 授かりし命と思へ石仏を日がな這ひゐる虫は小さく 酒井京子 *上の初句二句は自分への言い聞かせである。 永遠といふ地点まで這ひゆくか薔薇より落ちし十ミリの虫 木村光子 *上句に作者の情念…

虫のうた(4/5)

微小な生命の代表である虫の生態に注目することが、人間の生き方を観返ることになる。 なんの虫かわからぬ虫の鳴きをるよ人間のみが暗きにあらず 石川一成 触覚をしきりに拭ふ虫一つ本読む止めてしばし憩はむ 吉村睦人 背に負へる褐色の毛に朝山の露いただき…

虫のうた(3/5)

眼も鼻も潰(つひ)え失せたる身の果にしみつきて鳴くはなにの虫ぞも 明石海人 *作者は25歳のとき、 ハンセン病(癩病)を発症した。 風青くふきたつときにかすかなる虫のいのちも跳びいそぐなり 坪野哲久 あかつきに羽透く虫ら草葉よりうすきみどりの色を盗…

虫のうた(2/5)

さまざまにこころぞとまる宮城野の花のいろいろ虫のこゑごゑ 千載集・源 俊頼 *「さまざま」「いろいろ」「こゑごゑ」といったリフレインが心地よいリズムを作る。 宮城野: みちのくの歌枕。宮城県仙台市の東方一帯の野(国府のあったあたり)をさす。 野…

虫のうた(1/5)

ここでは、単に虫と詠まれた歌を見てみる。なに虫と書かれていない、具体名のない場合である。昆虫を想定することが多い。微小な生命の象徴として詠まれる。 語源は「むす(生)」の連用形名詞。土や水の中から自然に生まれてくるのが「むし」と考えた(語源…

彫刻を詠む(2/2)

瓔珞(ようらく)の影さえうつす小面(こおもて)の冷たき冴えは胸にしみ来る 馬場あき子 *瓔珞: 珠玉を連ねた首飾りや腕輪。インドにおける装身具であった。 小面: 能面の一つ。あどけなさを残した、かれんな若い女の面。 こともなくわだつみ像が支え立つ忘…

彫刻を詠む(1/2)

彫刻は、さまざまの材料(木,石,金属,粘土,象牙,蝋,石膏、アルミニウム,プラスチック,ガラスなど)に図像を三次元的に表現する美術。狭義には、石や木のような素材を彫り込んで形象を作る場合をさす。粘土や石膏のように次第に肉づけして作る場合を…

絵画を詠む(6/6)

絵を買つて絵を売つて暮らしのたつ話縁なき事は何にても楽し 清水房雄 虹のごとよみがへりくる画のなかに妹が姉の乳首をつまむ 日高尭子 みづからの呼び醒ましたる潮ざゐにゆれ出す壁画のなかの破船も 大西民子 *「潮ざゐ」は、作者の過去の記憶の暗喩であ…

絵画を詠む(5/6)

呆然と漫画のうへに涙垂る人と別れてこし夜の電車 岡野弘彦 大津絵の念仏(ねぶつ)の鬼のほの笑い木木のさやぎにまじり売らるる 馬場あき子 *大津絵: 江戸初頭より近江大津の追分あたりで売り出された民俗絵画のこと。 南蛮屏風に描かれし船室に横たはり細…

絵画を詠む(4/6)

風の吹く夜にてゴッホ自画像の赤き瞳を吾は見てゐし 長澤一作 そこに人の立ちし事なき白き坂 壁の繪として持ちし半生 斎藤 史 椅子二つ空飛ぶ絵あり人間の重さ逃れし椅子らたのしげ 斎藤 史 我は待てり壁画の人が引きしぼる弓弦(ゆづる)ほどけて元にもどるを…

絵画を詠む(3/6)

この子供に絵を描くを禁ぜよ大き紙にただふかしぎの星を描くゆゑ 葛原妙子 うすぐらき壁にみえつつ聾画人ゴヤの肖像に浮腫少しありと覚ゆ 葛原妙子 *ゴヤはスペインの画家。46歳のとき、聴覚を失った。それが幻想豊かな名品を生む要因となった。 マリヤの胸…

絵画を詠む(2/6)

うつしゑの肩のほそりを見入りつつ寄りそふけはひ身におぼゆなり 松田常憲 *うつしゑ: 景色や人物などを描き写した絵。写生画。 この多忙な、人は恋しなかったか、 モナ・リザの、微笑も、 一時の憩ひだったのか。 赤木健介 *モナ・リザを描いたレオナル…

絵画を詠む(1/6)

わが妻も絵に描(か)きとらむ暇(いづま)もが旅行く吾(あれ)は見つつしのはむ 万葉集・物部古麿 *「私の妻の絵でも描く時間があったなら、旅の道中で絵を見て妻のことを偲ぶことができるのに。」 絵にかける鳥とも人を見てしがな同じところを常にとふべく 後…

音楽を詠む(3/3)

プールにはロックながれてゐたりけり身体(じく)のつかれをひたぶるに恋ふ 吉岡生夫 音楽は聞こえざれども三階の窓に拍手をとる少女みゆ 志垣澄幸 *音楽は聞えないが三階の窓に歌っている少女が見えて、周囲の人々が拍手しているのであろう。 音楽のなかをあ…

音楽を詠む(2/3)

コンクール目指して競ひし友も今は亡し秋めく陽ざしに楽譜を曝(さら)す 大西民子 夕ぐれはシンセサイザーわれ遂に巣を流したる鳥にかもあらむ 岡井 隆 *シンセサイザー: 電子工学的手法により楽音等を合成する楽器。 初句二句の解釈が困難。その後の文章は…

音楽を詠む(1/3)

楽器の歌については、過去にすでに取り上げたので、ここではいくつかの音楽の形態について詠んだものをとりあげる。 聞く人のなげぶしの唱歌にも浪あらじとはよき小歌ゆゑ 戸田茂睡 *なげぶし: 江戸時代の三味線伴奏の流行歌。最後の旋律を投げるように歌…

歌枕の衰退(3/3)

近現代の考え方については、加藤治郎『短歌レトリック』(風媒社)にまとめられている。最も詳細な考察は、佐佐木幸綱の定義であろう。近代歌枕を「近代短歌の読者が幻想を共有できる地名」だとして次の七つの条件を挙げている(「短歌」1995.5 歌枕の特集か…

歌枕の衰退(2/3)

[鳴海潟]「成る身」「成る」「なり」に掛け、「浦」に「恨み」をかけてよく詠まれた。 風吹けばよそになるみのかた思ひ思はぬ波に鳴く千鳥かな 新古今集・藤原秀能 都おもふ涙のつまとなるみがた月にわれとふ秋の塩風 拾遺愚草・藤原定家 [打出の浜]「う…

歌枕の衰退(1/3)

歌枕とは、平安中期の『能因歌枕』によれば、歌名所と限らず、広く一般歌語と解されていたが、平安後期になると狭義の歌名所に限定されるようになった。 文芸的情緒や気韻を慕っての歌枕による和歌表現は、数々の累積に伴い、類型・固定化を招き、平安鎌倉期…

小春日和

平地の紅葉も今が盛り。寒さがいよいよ身近になって外出もおっくうになるが、天気が良い日にはできるだけ太陽の光を浴びたいもの。そんな機会に詠んだ作品を以下にご紹介する。 道の辺に思ひ出したり杜鵑草(ほととぎす) 庭隅に十月桜さみしさう 蜂の巣が近く…

この世のこと(16/16)

手にむすぶ水に宿れる月影のあるかなきかの世にこそありけり 紀 貫之 *あるかなきかの世: はかない世。 山城の井手の玉水手に掬び頼みしかひもなき世なりけり 藤原敦忠 *頼み: 手で掬い飲む意の「手飲む」と「頼む」を掛ける。 「山城の井手の玉水をすく…

この世のこと(15/16)

人の世の思ひにかなふ物ならばわが身は君におくれましやは 後撰集・藤原定方(三条右大臣) 暮れぬまの身をば思はで人の世のあはれを知るぞかつははかなき 新古今集・紫式部 *「今日の暮れない間の命で、明日の事が分からない我が身は思わないで、はかない…

この世のこと(14/16)

虎とのみ用ゐられしは昔にて今は鼠のあなう世の中 増鏡・宗尊親王 *「虎とばかりに畏れられる地位に置かれたのは昔のことで、今は鼠が穴に潜むように逼塞している――ああ無情な世の中よ。」 彼是となにあげつらむよの中は一つの玉の影としらずて 良寛 *「こ…

この世のこと(13/16)

世間(よのなか)を何に譬(たと)へむ朝びらき漕ぎ去(い)にし船の跡なきがごと 万葉集・沙弥満誓 *「この世の中を、いったい何に譬えようか。朝、港を漕ぎ出して行った、船の波の跡が残っていないようなものだ。」 世の中はいかに苦しと思ふらむここらの人に恨…

この世のこと(12/16)

住めばまた憂き世なりけりよそながら思ひしままの山里もがな 兼好 *「世を逃れて住めば、ここもまた憂き世であったよ。よそから眺めて住みよいと思った、そのままの山里はないものだろうか。」 習ひぞと思ひ做してや慰まむ我が身一つに憂き世ならねば 兼好 …

この世のこと(11/16)

わが庵は小倉の山の近ければうき世をしかとなかぬ日ぞなき 新勅撰集・八条院高倉 *しかと: はっきりと。「鹿と」を掛ける。 「私の住む庵は小倉山が近いので、憂き世を悲しみ、鹿といっしょに声あげて泣かない日はないよ。」 君かくて山の端深く住居せばひ…

この世のこと(10/16)

うき世をば出づる日ごとに厭へどもいつかは月の入る方をみむ 新古今集・八条院高倉 *「つらい現世を、朝日が昇るたびに厭い、遁れ出たいと思うけれど、いつになったら、月の沈むほう、西方浄土を拝むことができるのだろうか。」 昔よりはなれがたきは憂世か…