天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

2019-07-01から1ヶ月間の記事一覧

感情を詠むー「憎む」(1/5)

「に(悪)―にくーにくむ」と発展した。「にくしむ」「にくしみ」「にくがる」などもある。(語源辞典による) 紫草(むらさき)のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑにわれ恋ひめやも 万葉集・天武天皇*天武天皇(大海人皇子)が、額田王に贈ったという。よく知…

軽井沢にて(2/2)

軽井沢千住博美術館は、2011年10月に新しくオープンした美術館で、建築界のノーベル賞「プリツカー賞」受賞の俊英・西沢立衛の設計になる。館内4か所のガラス張りの吹き抜け空間、そして軽井沢の自然地形を活かした床は土地の起伏のままに緩やかに傾斜して…

軽井沢にて(1/2)

過日たまたまテレビ(TOKYO MX「フランス人がときめいた日本の美術館」)で軽井沢千住博美術館の紹介を見ていて、急に軽井沢を訪ねてみたくなった。軽井沢は明治以降、避暑地として有名だが、今まで立ち寄ったことがなかった。美術館以外の見所として、旧碓氷…

感情を詠むー「怒り」(6/6)

怒らねば忿らねばならぬ時として桜が吹雪く秋の身内を 山本 司*「桜が吹雪く秋の身内を」とは、混乱した表現だが、つまりは乱れた家庭を 比喩しているのだ。 子を産みし日まで怒りはさかのぼりあなたはなにもしなかったと言う 吉川宏志*奥さんの怒りは、相…

感情を詠むー「怒り」(5/6)

終局はおのれに還る怒りもて弧を描きくる黄のブーメラン 渡辺茂子*他人への怒りが、やがて自分自身への怒りとなって還ってくることは、 よく経験する。 そうだそのように怒りて上げてみよ見てみたかった象の足裏 渡辺松男 暴言に怒らずと言ふか然(さ)にあら…

感情を詠むー「怒り」(4/6)

男ありゆうべのやみのふかみにて怒れるごとく青竹洗う 伊藤一彦 怒りこそわが生きの緒の痣ならむ暁(あけ)の雲雀のこゑに目ざめて 小中英之*「生きの緒の痣」は、命の傷跡と解する。 怒りをいえ怒りを抒情の契機とせよ今つきつめて「詩」といえる営為 近藤芳…

感情を詠むー「怒り」(3/6)

庭石にはたと時計をなげうてる昔のわれの怒りいとしも 石川啄木 怒りつつ立つ人体はうがたれて見よかぎりなき泉が噴くも 岡井 隆*暗喩によった表現。「かぎりなき泉」は、限りなき怒りであろう。怒っている 時の人体の状況がわかるようである。 怒をばしづ…

感情を詠むー「怒り」(2/6)

うつそみの深きさだめと思ひつつわが下心つねに怒れり 三ヶ島葭子 *「うつそみの深きさだめ」も「下心」もいろいろあるので、全体が観念的に なってしまった。 この夜をつひに怒りてわれは寝る怒れど床(とこ)に平たくなりて 柴生田稔*下句の情景が愉快であ…

感情を詠むー「怒り」(1/6)

「怒る」は、語源辞典によれば、「い(生・活)―いくーいかる」と発展した。「怒り」は、目標に到達するための行動が妨害されたときに生じる攻撃的な情動とされる。 はね蘰(かづら)今する妹がうら若み笑(ゑ)みみいかりみ着(つ)けし紐解く 万葉集・作者未詳*…

感情を詠むー「恨み」(6/6)

今さらに賜びし広野ぞうらまるる夢みだれては若き花守 相馬御風*分かりにくい。若き花守は広野を賜ったのだが、夢に苦しめられた。広野に植えた 桜の面倒をみる大変な仕事の夢をみたのであろうか。相馬御風は、明治〜昭和期の 詩人、歌人、評論家。早大校歌…

感情を詠むー「恨み」(5/6)

うらみじな難波のみ津にたつ烟こころから焼くあまの藻しほ火 新勅撰集・藤原雅経*「あの人を恨むことはするまい。難波の湊に立つ煙が、海人がおのれの意思で 焚く藻塩火から発するように、この咽ぶような苦しい思いは、ほかならぬ私の 心から出たものなのだ…

感情を詠むー「恨み」(4/6)

嵐吹く真葛が原になく鹿はうらみてのみや妻を恋ふらむ 新古今集・俊恵*「嵐が吹く葛の原で鳴いている鹿は妻を恨んでばかりに 鳴いている のだろうか、恨む気持ちと裏腹に恋しく思っているのだろう。」 「真」は美称、「恨みて」は葛の葉が風に裏返りやすい…

感情を詠むー「恨み」(3/6)

こひしさの忘られぬべきものならば何にか生ける身をも恨みむ 後拾遺集・藤原元真*「恋しさを忘れてしまうことができるものならば、生きている我が身を どうして恨むことなどあるだろう。恋しくて辛いからこそ、生きている ことを恨むのだ。」 過ぎてゆく月…

感情を詠むー「恨み」(2/6)

我ならぬ人すみの江の岸に出て難波のかたをうらみつるかな 後撰集・源整*作者の源整について調べたが、詳細不明。歌の意味は、「私ではないが、 住吉の海岸に出て難波の方角に向かって恨み言を言っていたことだ。」となろう。 飛鳥川わが身ひとつの渕瀬ゆゑ…

感情を詠むー「恨み」(1/6)

会はずともわれは恨みじこの枕われと思ひてまきてさ寝ませ 万葉集・作者未詳*「さ寝ませ」で〈さ〉は接頭語、〈ませ〉は尊敬表現。面白いのは、 恋しい相手に枕を渡している場面である。枕を渡したのは、多分女性 の方であろう。 蜑(あま)のかる藻に住む虫…

現代俳句の挑戦

近代俳句の潮流は、正岡子規、高浜虚子の考え方から始まった。即ち、俳句の理念は〈花鳥諷詠〉にあると提唱、客観写生による自然描写の文学と定義づけた。市販の俳句雑誌をフォローすることは、今ではやめてしまったので、どのような先鋭な流れが出ているの…

感情を詠むー「悔しさ」(4/4)

封じたるのちの思ひに悔あれど手紙は言葉過ぎざるがよし 来嶋靖生*手紙を書いて封をした後での感想である。誰しもにありそうな感情。 つくつくほふし悔いは誰しもかなしきを紅毛ゆれてもろこし実る 馬場あき子 なんとなく生かされている悔しさは宙吊りのま…

感情を詠むー「悔しさ」(3/4)

さながらに悔の連鎖とおもふまでベッドをめぐり雨の音する 大野誠夫*第三者が見ると異常に思うだろう。 知れるかぎりの吾がみづからの悔しみに歩みてをりて小さく叫びき 河野愛子*これも第三者からは、異常に見える。心の状態が行動につながるのだ。 われ…

感情を詠むー「悔しさ」(2/4)

つひにかくそむきはてける世の中をとく捨てざりし事ぞくやしき 平家物語・平康頼*山口県の峨眉山普賢寺の境内にこの平康頼の歌碑が立っている。 ただならじとばかりたたく水鶏(くひな)ゆゑあけてはいかにくやしからまし 新勅撰集・紫式部*紫式部が渡殿の局…

感情を詠むー「悔しさ」(1/4)

潮待つとありける船を知らずして悔しく妹を別れ来にけり 万葉集・作者未詳*「船が潮待ちをしていたことを知らなかった。妻と別れをしないまま出港して しまったのが残念だ。」作者は、遣新羅船に乗っていた。妻と別れをする時間が あると思い込んでいたよう…

感情を詠むー「泣く」(5/5)

髪梳きて眠りし妻のかたはらに声を殺して泣くことのあり 喜多昭夫 朝さめてすこし泣きたり 純卵(じゅんらん)のやうな日輪空に泛くゆゑ 日高尭子*泣く原因がちょっと理解できない。経験がない。 あかときに歔欷(きょき)するこえをききしかど覚めていわねば吾…

感情を詠むー「泣く」(4/5)

冬の雷鳴りつつ遠し泣き伏して見せるおんなについになりえず 俵谷晴子 ああわれは泣きたくなって午前二時寝入り間際のでんぐり返り 道浦母都子 泣きながら鮨喰ふ顔を見られをり心尽くして庇はれまいぞ 大口玲子*上句の情景は、男からするとまさに庇いたくな…

感情を詠むー「泣く」(3/5)

泣き喚(さけ)ぶ手紙を読みてのぼり来し屋上は闇さなきだに闇 岡井 隆 いた哭かば人知りぬべし秋の野におきて去(い)にたる白き大鳥(おほとり) 山中智恵子 惜しまるるこれの命といふべくは老いすぎにけり 人泣かぬなり 斎藤 史*ある年齢を過ぎると死んでも惜…

感情を詠むー「泣く」(2/5)

太刀なでて、わが泣くさまを、おもしろと、歌ひし少女(をとめ)、いづち ゆきけむ 与謝野鉄幹*初句二句は、いわゆる虎剣流と呼ばれた国家主義的な悲憤慷慨調である。 かなしみて飲めばこの酒いちはやくわれを酔はしむ泣くべかりけり 若山牧水 真日なかに家焼…

感情を詠むー「泣く」(1/5)

「哭(ね)のみ泣く・音(ね)をのみぞ泣く」は号泣と同じで、声を立てて泣くこと。 あかねさす昼は物思(も)ひぬばたまの夜はすがらに哭(ね)のみし泣かゆ 万葉集・中臣宅守*枕詞「あかねさす」「ぬばたまの」を用いて、昼と夜を対比させている。 要するに、昼も…

急逝の友へささげるヒットー大谷翔平

この時期はMLBとプロ野球をテレビで観戦することが、毎年の習慣になっている。ただ長年の経験にない事件が、先日起きた。エンゼルスとレンジャーズの初戦が突然中心なったのである。NHK・BS1の画面に中止と出たのでびっくりした。天気の都合で中止…

祈り、願い(4/4)

廻廊の静寂のなか秘めやかに肩触れ合はす「祈り」の絵の前 岡本 勝 祈るとき人は必ず目を閉じて何もなかったように立ち去る 俵 万智*「祈るとき」と「立ち去る」が近すぎて、動作が落ち着かない。 神仏を恃むにあらずしかれどもときに頭(かうべ)を垂れて祈…

祈り、願い(3/4)

今夜(こよひ)の早く明けなば術(すべ)を無み秋の百夜(ももよ)を願ひつるかも 万葉集・笠 金村*「共寝の今夜が早く明けてしまうので術もなく、秋の百夜のように長い夜を 願ったことだ。」この歌が詠まれたのは、春三月のこと。夜の最も短い頃で あった。 ねぎ…

祈り、願い(2/4)

誠実に生きて祈れぬと言ひゆきしその夜の語気を抛てぬかも 河野愛子*「誠実に生きて祈れぬ」とは? 「ぬ」は否定であろう。誠実に生きてきたが 神仏に祈る気持はおきない、ということか? 積もる雪の祈りに似たり僧院に仰ぐ青空ひんやりとあお 高橋禮子*「…

祈り、願い(1/4)

4回にわたって、祈りと願いの歌を見ていく。祈る: 神仏に請い願う。「い(斎)」(神聖)と「のる(宣)」(「のり(法、 告)と同根で、みだりに口にすべきでない言葉を口に出す意」から成る。願う: 祈る、望む、頼む。「ね(祈・請)― ねぐ ー ねがふ」…