天野 翔のうた日記

俳句はユーモアを基本に自然の機微を、短歌は宇宙の不思議と生命の哀しさを詠いたい。

2020-04-01から1ヶ月間の記事一覧

父を詠む(9/10)

母逝きて十年(ととせ)は経(た)ちぬ年ごとに言葉少なになりてゆく父 神作光一 高き靴見すれば父は要らぬといふ安きを見すれば履きてみて買ふ 島野達也 息子らに何希ふなく死にたりき鰻飯食へば憶ふ父はも 柳 宣宏 口すぼめ煙のロング吐く父の巧みを飽かず膝に…

父を詠む(8/10)

病める身に妻亡き後の十六年欲(ほ)らず頼らず怒らず父よ 秋山周子 半世紀青酸カリを捨てざりし父に兵士の日が帯電す 中川佐和子 わが目には覇者の如くに父の生く盲を嘆かず老を論ぜず 栗林喜美子 老後の後(のち)の老いのようにもくずれゆく父 食べさせしあい…

父を詠む(7/10)

生涯が楷書なるべしわが父の古りたる文字に省略あらず 高橋良子 虹立つと窓辺へ父を誘うにそれはそれはと立ち上りたり 大原輝子 寡黙なる父がをりをり裏庭に鋸の目立ての音軋ませる 小田美慧子 京都より電話をすれば「おお」と言いただそれのみの北に住む父 …

父を詠む(6/10)

男には男の絶望あることをみてしまいたり父の転勤 俵 万智 乳母車を押すごと車椅子を押す父のゆきたきところまで押す 外塚 喬 いつか超ゆる壁とおもいき幅ひろき父の背中を洗いしときは 小高 賢 しみじみとわが掌の中に柔らかし生終へし父のしろがねの髪 山…

父を詠む(5/10)

この父が鬼にかへらむ峠まで落暉(らつき)の坂を背負はれてゆけ 前登志夫 わが通る果樹園の小屋いつも暗く父と呼びたき番人が棲む 寺山修司 音立てて墓穴ふかく父の棺下ろさるる時父目覚めずや 寺山修司 朝寒み父の丹前着て見るに丈短かけれど父のにほひす 小…

父を詠む(4/10)

いくばくの貸借ごとの記しある父の墨書は胸に沁むなり 鹿児島寿蔵 もろもろのかけらうち捨てある藪ゆ福熊手ひとつ父は拾ひ来 犬飼志げの 籐(とう)の椅子据ゑて牡丹を眺めゐる或る日の父の肩しづかなり 太田青丘 父と子がひとつ炬燵(こたつ)に讀む童話黄金(き…

父を詠む(3/10)

父の名も母の名もわすれみな忘れ不敵なる石の花とひらけり 前川佐美雄 爆音に声あげ仰ぐをさな子よなほ告げがたし父が思ひは 柴生田稔 父生きてありし日の肩大きかりし 摑まむとしてつね喪ひき 葛原妙子 ぬかるみに俵敷かんといふ父の声やはらかし日の射す方…

父を詠む(2/10)

吏となるなゆめとぞ父は戒めきはかなき吏にて父はありしなり 植松寿樹*「吏となるなゆめ」とは、「決して役人(官吏)にはなるな。」という意味。 野の鳥よ古(ふ)りし廂(ひさし)にうたひては父笑(ゑ)ましぬる朝もあるべし 窪田空穂 情熱を超えたる真の大愛…

父を詠む(1/10)

父(ちち)は、上代に男子を敬って言った「ち」を重ねた語という。古くは「たらちを」のちに「たらちね」と言った。枕詞は「ちちのみの」。対して母をさすのに「たらちめ」という語がある。 たらちをのかへるほどをも知らずしていかですててし雁の卵ぞ 清原…

蕪村俳句と比喩―活喩(擬人法)(8/8)

鴛や花の君子は殺(かれ)てのち*花の君子(蓮の花)の枯れ果てた冬の池を流麗に泳ぐ鴛を詠んだ。 らうそくの泪(なみだ)氷るや夜の鶴 うぐひすの逢ふて帰るや冬の梅 突留(つきとめ)た鯨や眠る峰の月*漁師に突き刺されて浜に横たわっている鯨をこのように表現…

蕪村俳句と比喩―活喩(擬人法)(7/8)

化(ばけ)そうな傘(かさ)かす寺の時雨哉*時雨がきてお寺が貸してくれた傘の状態が、おんぼろで化けそうに見えたのだ。 夕しぐれ蟇(ひき)ひそみ音(ね)に愁(うれ)ふかな 子を遣(つか)ふ狸(たぬき)もあらむ小夜(さよ)時雨 こがらしや岩に裂行(さけゆく)水の声 …

蕪村俳句と比喩―活喩(擬人法)(6/8)

葉がくれのはづかしがほや種茄(たねなすび) 唐きびのおどろき安し秋の風 沙魚(はぜ)を煮る小家や桃のむかし皃(がほ)*沙魚を煮ている小家の庭には、桃の木が昔を思わせるなつかしい様子で立っている。 きくの露受(うけ)て硯(すずり)のいのち哉 うら枯やから…

蕪村俳句と比喩―活喩(擬人法)(5/8)

篠掛(すずかけ)や露に声あるかけはづし*篠掛: 修験者が衣の上に着る麻の衣。句は、謡曲・安宅などを踏む。山伏が篠掛を脱ぎ着するたびに露のこぼれるのを、「声ある」と表現した。 人を取(とる)淵(ふち)はかしこ歟(か)霧の中 水落(おち)てほそ脛(はぎ)高き…

蕪村俳句と比喩―活喩(擬人法)(4/8)

病起(やみおき)て鬼をむちうつ今朝の秋*夏の間苦しめられた病の鬼を、病も癒えた立秋の朝、追い払おうという。 つりがねの肩におもたき一葉かな 萍(うきくさ)のさそひ合(あは)せておどり哉 いな妻の一網(ひとあみ)うつやいせのうみ 稲妻や海あり皃(がほ)の…

蕪村俳句と比喩―活喩(擬人法)(3/8)

虹を吐(はい)てひらかんとする牡丹哉 やどり木の目を覚したる若葉哉 脱(ぬぎ)すてて一ふし見せよ竹の皮 長尻の春を立たせて棕櫚の花 鶯の音をや入(いれ)けん歌(うた)袋(ぶくろ)*歌袋: 和歌の詠草を入れる袋。句の意味は、「鶯が鳴くのをやめたのは、歌を袋…

蕪村俳句と比喩―活喩(擬人法)(2/8)

紅梅や入日の襲(おそ)ふ松かしは 燕(つばくら)や去年(きよねん)も来(き)しと語るかも さくら一木(ひとき)春に背(そむ)けるけはひ哉 月光西にわたれば花影(かえい)東に歩むかな*春の暁、月影が西に動くにつれて、花の影が東から現れてくる。漢詩を踏んで、対…

蕪村俳句と比喩―活喩(擬人法)(1/8)

活喩(擬人法)は、人間以外のものを人間に見立てて表現する修辞法。 老武者と大根あなどる若菜哉 鶯の浅井をのぞく日影かな うぐひすのかぞへのこした枝寒し 鳥さしを尻目に藪の梅咲(さき)ぬ 散(ちる)たびに老ゆく梅の木(こ)末(すゑ)かな 一軒の茶見世の柳…

蕪村俳句と比喩―声喩(オノマトペ)

声喩(オノマトペ)は、物の音や様子をそのままに、擬音語・擬態語を使って表現する。 [擬音]物や動物が出す音を描写する。 ばらばらとあられ降(ふり)過(すぐ)る椿哉 出代や春さめざめと古葛籠(つづら) 雨ほろほろ曾我中村の田植哉 朝霧や杭打(くひぜうつ)…

蕪村俳句と比喩―提喩

提喩は、全体を部分で代表させる喩法で、換喩の一種とも見える。象徴・暗示とも。 梅折(をり)て皺手(しわで)にかこつかほり哉*皺手で老人を象徴、代表させている。 養父入(やぶいり)や鉄漿(かね)もらひ来る傘の下*傘の下で人がいることを暗示。 春雨の雫(…

蕪村俳句と比喩―換喩

換喩は、ふたつのものごとの隣接性・縁故にもとづく比喩。アンリ・モリエ『詩学とレトリックの辞典』によれば、「あるひとつの現実Xをあらわす語のかわりに、別の現実Yをあらわす語で代用する言葉のあやであり、その代用法は、事実上または思考内でYとX…

蕪村俳句と比喩―寓喩(諷喩)(5/5)

花すすきひと夜はなびけ武蔵坊(むさしばう)*武蔵坊弁慶に、一夜くらい女になびいてみよ、と呼び掛けている形。 楊(よう)墨(ぼく)の路(みち)も迷はず行秋ぞ 草枯(かれ)て狐(きつね)の飛脚(ひきやく)通りけり 祐成(すけなり)をいなすや雪のかくれ蓑(みの)*虎…

蕪村俳句と比喩―寓喩(諷喩)(4/5)

藻の花や藤太(とうた)が鐘の水離(はな)れ*藤太: 俵藤太。百足を退治した礼として龍宮から釣り鐘をもらった。水離れ: 水中から引き上げること。湖上一面に広がる藻の花は、俵藤太が鐘を引き上げた際に、あたり一帯に飛び散った水滴にちがいない、と見立て…

蕪村俳句と比喩―寓喩(諷喩)(3/5)

賀茂堤太閤(たいかふ)様(さま)のすみれかな*太閤が作らせた賀茂堤のおかげで、桃花水(桃の花の咲くころ、氷や雪が解けて大量に流れる川の水)の時節になっても洪水の心配がなく、すみれが咲いている。 法(ほふ)然(ねん)の数珠(ずず)もかかるや松の藤 炉塞(…

蕪村俳句と比喩―寓喩(諷喩)(2/5)

松下(しようか)童子に問へば只此雲裡(このうんり)山桜*松の下で童子に隠者の所在を問うと、「処を知らず、只此雲裡山桜あるのみ」と答えた。「唐詩選・巻6・尋隠者不遇」の漢詩をもじった句。 百(もも)とせの枝にもどるや花の主(ぬし)*松永貞徳を花咲翁と…

蕪村俳句と比喩―寓喩(諷喩)(1/5)

寓喩(諷喩)は、譬喩、寓意ともいう。他の事物や動物、物語などにたとえて、意味を強めあるいは暗示する表現法。おなじ系列に属する隠喩を連結して編成した言述。和漢の古典や歴史、伝説に精通していないと理解が難しい。 鶯はやよ宗任(むねとう)が初音かな…

蕪村俳句と比喩―暗喩(隠喩)(5/5)

白(しろ)炭(ずみ)の骨にひびくや後夜(ごや)の鐘(かね)*白炭の骨とは、作者の身体の比喩。 虎(とら)の尾(お)をふみつつ裾(すそ)にふとん哉*乱暴者が酔い潰れて寝ているところへ裾からそっと蒲団を掛ける場面。「虎の尾を踏む」と酔っ払いを差す「虎」とを結…

蕪村俳句と比喩―暗喩(隠喩)(4/5)

心太(ところてん)さかしまに銀河三千尺*ところてんを啜り上げる時の豪快さを大げさに比喩した。 いな妻や八丈(はちぢやう)かけてきくた摺(ずり)*きくた摺: 福島県菊多特産の小紋の稲妻模様で、八丈縞の一種。前書きに「かな河浦にて」とある。神奈川沖か…

蕪村俳句と比喩―暗喩(隠喩)(3/5)

ほのぼのと粥(かゆ)にあけゆく矢数かな*通し矢が果てる頃に夜が明ける。粥の湯気の白さにほのぼのをかけた。空腹でもある。 学問は尻からぬけるほたる哉 摑(つか)みとりて心の闇のほたる哉*螢をつかみとったことで殺生という心の闇を見たのだ。 淀舟の棹(…

蕪村俳句と比喩―暗喩(隠喩)(2/5)

鮎汲(くみ)の終日(ひねもす)岩に翼かな*鮎汲む人が終日岩の上で網を振っているさまを鳥が翼を羽ばたかせているようだ、と詠んだ。 花守の身は弓矢なき案山子(かがし)哉 門口のさくらを雲のはじめかな 散(ちる)花の反古(ほうご)に成(なる)や竹ははき 山鳥の…

蕪村俳句と比喩―暗喩(隠喩)(1/5)

暗喩は、直喩の「ごとき」「ような」などを省略して、直接ことばとことばを衝突させ、想像力を喚起させる修辞法。 剃(そり)立(たて)て門松風やふくろくじゆ*福禄寿の長頭のごとき剃り上げた門松を立てて新年を待つばかり。すがすがしい風が吹いてくるだろう…